長崎地裁佐世保支部平成20年4月24日判決

【事案の概要】
   原告(クレジット会社)が,クレジット利用者である被告に対しクレジット代金を請求したところ,被告は,上記利用代金は,長男(19歳)が被告に無断で被告のカード情報を利用して不正使用したことによるものであるなどと主張して争った。
  【争点(被告の主張)】
   争点は種々あるが,主な争点として,カード不正使用に関するカード会社の規約の適用が問題となった。
    ① カード規約13条2項の無効
        規約13条2項には,盗難・紛失により第三者にカードを不正使用された場合にも原則として会員は支払責任を負う旨定められている。
        この規約の適用の前提として,カード会社は,会員に対し,第三者の不正使用を排除し,会員に損害が生じないよう安全管理を尽くすべき注意義務を負担している。ところが,原告は,カード上の識別情報のみでのカード決済の方法を採用しながら,そのことを規約に明記せず,会員への説明をしていない。
        本件規約13条2項は信義則上,適用の前提を書いて無効である。
    ② カード規約13条3項(補償規約)の適用の有無
        規約13条3項では,同条2項により被告ら会員が被る損害について,
      (イ)会員の故意又は重大な過失に起因する場合
      (ロ)会員の家族,同居人,留守人その他会員の委託を受けて身の回りの世話をする者など,会員の関係者の自らの行為もしくは加担した盗難の場合
      (ハ)第2条第4項(他人への貸与や譲渡等)に違反して第三者にカードを使用された場合
      (ニ)当社が会員から盗難・紛失の土を受理した日から61日以内に生じた不正使用の場合
       を除き,「当社が全額てん補する」とされている。
       本件は,被告の長男が無断でカードを使用したのであり,13条3項の補償規約によって,原告がその損害を全額填補することになる(抗弁)。
       これに対し,原告は,13条3項(ロ)により,本件補償規約は適用されないと主張した(再抗弁)。
       原告の再抗弁に対し,被告は,会員の家族など関係者による不正使用の場合であっても,会員に重大な過失がない場合には,本件補償規約の適用は除外されず,会員の損害は填補されると主張した(再々抗弁)。
  【判決内容】
      次のように述べて,上記争点②の被告の再々抗弁を是認し,原告の請求を棄却した。
      「しかしながら,会員に対しその帰責性を問わずに支払責任を負担させることは,民法の基本原理である自己責任の原則に照らして疑問がある上,本件補償規約に合意したA社及び会員の合理的意思にも反するものというべきである。
   すなわち,本件補償規約は,会員の故意又は重大な過失に起因する場合を補償の対象外としており,その立証責任はA社が負担すべきものと解されるが,その場合のほかに前述のような事由を列挙しているのは,多数の会員を抱えるA社が,個別の会員ごとにカードの使用管理状況を把握し,会員側の事情である会員の故意又は重過失を立証することには困難が伴う場合も多いため,公平の観点から,会員にカードの使用管理についての善管注意義務違反が疑われる場合などを類型化し,一定の場合にはA社の立証の負担を軽減することを意図したものというべきである。とりわけ,同条項(ハ)において,会員の家族等による「盗難」の場合を定めたのは,会員の家族等は,他の第三者に比してはるかに容易に会員のカードの占有を無断取得することができる立場にあることなどから,A社が会員の家庭内の個別事情に踏み込んで会員の故意又は重過失を立証することは相当困難となり得る一方,会員は,A社に対し善良なる管理者の注意をもってカードを使用管理すべき義務を負っており,より適切に会員の家族等による「盗難」を防ぎ,その不正使用を防止し得る立場にもあることが考慮されたものといえる。したがって,A社及び会員の合理的意思からすれば,同条項(ハ)は,A社が会員の家族等による「盗難」であることさえ主張立証すれば,会員の帰責性まで主張立証しなくても補償規約の適用が除外されることを明らかにしたに止まり,会員側が自己に帰責性がないことを更に主張立証し,補償規約の適用を受けようとする余地を排斥する趣旨まではないと解すべきであり,むしろその余地を認めることが自己責任の原則にも整合的である。そして,その帰責性の程度については,同条項(イ)との均衡をも考慮し,会員は自己に重過失がないことを主張立証すれば足りるというべきで,この場合,本件補償規約の適用は除外されず,会員はカード利用債権の支払を免れることとなる。」
      「A社は,前述のとおり,インターネット上でカード識別情報を入力して行うカード利用方法を会員に提供するに当たり,本人確認情報の入力を要求していなかったもので,可能な限り会員本人以外の不正使用を排除する利用方法を構築していたとは言い難く,のみならず,会員に対し,そのような利用方法があることを本件規約において明示することもしていなかった(甲10)もので,被告もそのような利用方法の存在を明確には認識していなかったのである。このような事情の下では,被告にカード識別情報の管理についての帰責性を問うことはできないというべきである。また,被告が本件カードを入れた財布をタンスの上に置き,Fが容易に入手可能な状態にしておいたことについて,被告に何らかの帰責性が問われ得るとしても,本件で本人確認情報の入力が要求されていれば(ただし,生年月日や住所等では意味をなさない。),Fによる本件各カード利用を防ぐことができたことに照らすと,被告には重大な過失はなかったと認めるのが相当である。」